マンスリー・ブリコメンド(2013年11月)

11月のマンスリー・ブリコメンドです(コンセプトはこちら)。


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今月のブリコメンド

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■『官能教育』〜糸井幸之介「安寿と厨子王」〜

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マームとジプシー『モモノパノラマ』

【横浜公演】11月21日(木)〜12月1日(日)@神奈川芸術劇場 大スタジオ
【新潟公演】12月6日(金)〜7日(土)@りゅーとぴあ新潟市芸術文化会館
【北九州公演】12月14日(土)〜15日(日)@北九州芸術劇場 小劇場

http://mum-gypsy.com/next/2013.php

『モモノパノラマ』はとても静かで美しく、幾何学的であり同時に絵画のようでもある舞台美術は、夢のように変転して、楽しい。もしかすると猫はこうやって世界を眺めているのかしら? いやそれも人間の勝手な想像ではあるだろう。あくまでもこれはフィクションなのだ。虚構の世界。

近年のマームとジプシーは、今夏上演された『cocoon』の絶望の海に向けてひた走って来たとも言えて、それはどうしてもある「重さ」を引き受けざるをえない旅だった。その旅をひとまず終えて、さて、ではこれからどこに向かおうか?、と原点に立ち戻ったのがこの新作『モモノパノラマ』だと思う。変な言い方になるけど、「憑きものが落ちた」ようにも感じた。そのせいか、近年のマームが持っていた「圧」や「過剰さ」は鳴りを潜め、その代わりに、かつてない景色がひろがろうとしている……。

単に美しいだけではない。スタンド・バイ・ミー的な傷つきやすさを抱えた、小さな町の残酷な物語。それだけなら、藤田貴大の出身地・北海道伊達市を架空の世界として描いてきたいわゆる「コドモシリーズ(北の湘南サーガ)」と同じである。実際『モモノパノラマ』にはそれらの地名やエピソードが登場し、過去作品との連続性も感じられる。しかしかつてのその作品群が、フラグメント化された小世界に閉じ込められた感情を(執拗なリフレインで)描いてきたとすれば、『モモノパノラマ』のコドモたちは、そうしたフラグメントを軽やかに跳び越えていく。それはきっと、猫の「モモ」が世界を繋いでいるからこそ可能なのだろう。


この作品はおそらく、飼い猫の死という、作家自身の極めて私的な動機から出発しており、私的な想いを込めた弔いの儀式であるようにも見える。だけどその弔いは、作家個人のセンチメンタリズムに留まることなく、観る者それぞれの心の中に様々な物語を呼び起こすような、大きな景色(パノラマ)を召喚していく。わたしは観ていて、自分にとっての「モモ」はなんだろう?、と考えた(答えはまだ出ていない)。

町と人間との繋がりは、もろい。「絆」や「アイデンティティ」という言葉でごまかすことはできない。たとえ愛する町や家があったとしても、そこに帰るには理由が必要で、それは案外簡単に失われてしまうものだ。それでいい、とも言い切れない。そこにはいくぶんかの強がりが含まれている。だけどそのもろさのいっぽうで、切っても切れないものがあるのも事実だ。記憶は簡単には消えない。もしかすると「モモ」はそうした繋がりを司り、回復してくれるような存在なのかもしれない。

だけど、町の守護神のようでもあるいっぽうで、「モモ」は、ただの小さな猫(=生命)でもある。このことの意味は、たぶんこの作品にとってとてつもなく大きい。(これは猫文学の系譜から考えてもとても興味深い描き方だけれども、その話はいつかまた別の時にしよう。)


さて今回、男優陣はなんと全員ボクシングジムに通って身体を鍛えたらしく、キレのある見事なパフォーマンスを見せている(だがマッチョではないのがポイント)。近年のマームは、舞台上での圧倒的な運動量を特色としてきたが、この作品はその負荷を見せることはせず、「汗はジムでかいてこい」と言っているかのようだ。この変化は大きい。女優陣もとても素晴らしく、ネタバレになるので今は何も言わないけど、こんなふうに愛や死を表現できるのは彼女たちだけかも、って思った。『cocoon』から参加している伊東茄那もとても印象的で、マームにまた新しい楽器が加わった、という感じもする。

cocoon』で初めてマームを観た、という人にもぜひ観てほしい作品。今月は他にも舞台がたくさんあるのは知ってる。でもこれは見逃してほしくない。現代演劇の魅力がここにはよく現れていると思うし、何かを物語っていくことの可能性を感じさせてくれる作品でもあるから。

ちなみに出演はしていないけども、青柳いづみによる当日パンフはもはや神懸かった領域。(フジコ)





■『官能教育』〜糸井幸之介「安寿と厨子王」〜

11月1日(金)2ステージ(19時30分/22時)@新世界 (六本木)
http://shinsekai9.jp/ 
http://www.producelab89.com/
 

何の因果か、この紹介文を11月1日の夕方までに読んでしまった人は、ふらりと訪れるのがいい、そんな舞台でございます。
直前になってお薦めしている計画性の無い我が身を棚に上げて強弁いたしますと、この企画はスケジュール管理がままならぬくらいビジービジネスパーソンにも、ふと立ち寄ってもらえるように、間口を広くしてお待ちしているウェルカムな公演なのであります。
なにせ平日の22時に六本木のライヴハウスで(19時半の回もありますよ!)、お酒を片手に男と女のふたり芝居の観劇ですからね。もちろん、そんな場所柄、歌あり踊りありの舞台となります。今年2月に池袋の芸術劇場、あまりに独特な『サロメ』レビュー仕立てで絶賛を浴びたFUKAI PRODUCE羽衣の糸井幸之介の構成・演出・出演(!)に乞うご期待。
そして、今回も悲劇です。流行っているのか知りませんが、「涙活」とやらで一週間の疲れを癒すのもいいんじゃないでしょうかね。
しかも難解な不条理とかじゃありません。幼い日どこかで聞いたことがある『安寿と厨子王』のお話。安心して無邪気に泣くつもりで足をお運びいただけばよいのです。
ただし、「官能」ではあります。さらに「教育」されてしまうようです。つまり、まず単なるカタルシスを得るなんてところでは帰してはもらえないでしょうな。鴎外がバッサリ切った「せっかん」のシーンも舞台に妖しく立ちのぼる予感。いぢわるされちゃうのは10代の井上みなみ。あ、労基法の深夜業でも大丈夫な年齢ですけど、あどけなさも儚さも艶っぽさも巧みに演じられる彼女が、ふと人斬りのように冷たい目をする糸井に何をされてしまうのだろう...などとどこか期待してしまう背徳さえ愉しむ夜といたしましょう。(励滋)