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いるかホテルで美人姉妹の妹(推定)がよそってくれた和風の朝食を摂って、伊達紋別の駅までTさんと今日の天気について語り合いながら歩いていくと小さな市が立っていて「やあお兄さんたち東京から? その帽子は東京もんだよねー」などと言われつつアヒルのゴム人形を怪しいあんちゃんから買う。「あのー、いくらですか?」「10円、いや、20円……」「でも60円ってここに書いてますけど?」「んー、わっかんないんすよねえ、じゃあ60円?」結局80円で購入。


鶏肉の焼いたのが旨そうだったのでこれを100円で買ってこの日1本目のビールをグビグビ飲みつつ水浴びをしているカラスなど眺めつつ歩いてくと、踏切の向こうからOさんがやってきた。実は同じホテルに泊まっていたらしいのだがあのいるかホテルにはわたしの推理が正しければ4人しか宿泊客がいなかったはずで、Tさんも含めて実に宿泊客の75%がマームとジプシーを観に来ていた客で占められる計算。貢献しているねえ。ともあれTさんOさんと3人で港に出ると幾つかの漁船が停泊していて、遠くに駒ヶ岳が確認された。カモメがたくさん飛んでいる。あれはカモメなのかウミネコと呼べばいいんですかねーと議論をしながら歩く。そしてTさんは地元のファッション店「NAKASATO」でリュックと帽子とアクセサリーを買い、こうして少なからぬお金がこの地域に落ちていった。


 
 


さらに酒屋&駄菓子屋の加茂商店の優しそうなお婆ちゃんから2本目のビールを購入して気分良く旧名・網代町商店街を歩く。するとTさんが「ちょっと、この曲!」と叫んで耳を澄ませてみるとキャロルキングの「タペストリー」が流れていた。しばらく3人で黙々と歩いた。劇場には、地元の演劇部の生徒たちなのか中高生もたくさん来ていた。そしてマームとジプシー『待ってた食卓、』上演。



アフタートークも何もかも今は受け付けられないような感じがしてTさんにICレコーダーをお渡ししてひとり劇場の外にふらふら歩いた。こうした行動はまったく子供じみているな、とか思いながら池にアメンボどもが浮かんでいるのをじーっと眺めていた。空はやや雲が多かったがいい天気だ。広場では何かの催し物をやっていて、そう、世界はまったくの平和なのである。わたしはベンチに寝っ転がって帽子で顔を隠してしばらく止まらない涙をそのまま放置して流れるに任せてたまに空を見ていた。北海道まで来て良かったと心の底から思い、その「心の底」に全身が裏返って呑み込まれてしまいそうな勢いになり、このまま東京に戻らずに北方領土かロシアにでも逃亡しようか、とゆう突拍子もないアイデアが頭を掠めたのは、わたしが東京とゆう場所でやりたかったこと、やらなければいけないとそれなりの年月を通して思ってきたことがこの『待ってた食卓、』の中にすべて含まれているような気がしたからだ。もしもこのまま東京におとなしく戻ったとしたも、わたしはきっとこれまでと同じようには生きられないに違いないし、「東京」はこれまでとは別の顔をしてわたしの前に現れるだろう。


とにかくビールだ、ビールを飲もう。美味い日本酒も飲もう。肉を食べよう。丘の上で夕陽を見たり、五右衛門風呂に入ったりしよう。地元のスナックにいってカラオケでも歌おう。陽気にはしゃごう。夜の線路をみんなで歩いたりもしよう。夜行列車に乗り込むTさん、Oさんを見送ってひとりいるかホテルに帰ると、何もかもが満たされていて、あとには眠ることしか残されてはいない。Q