マンスリー・ブリコメンド(2011年8月前半)

今回はこれまでの2回とは趣向を変えて、座談会形式でやってみます。言うまでもなく書き原稿の場合、自分の好き/推したい/信頼しているカンパニーの公演についてのみ書けばいいのですが、こうした座談形式ではそうでない場合ついても言及するほかなく、過去の公演実績から判断して批判的な見解を述べてしまうこともあります。それは、未知のものであるはずの作品に対して、必ずしも的確な意見であるとはかぎりません(まだ上演されていないのだから)。そしてどんなものであれ誰もが全肯定するなんてありえないのだし、ここに挙げられた公演については少なくとも誰かの後押しがあるのだ、とゆう前提は、当たり前のことですが、あらためて念頭に置いていただければ幸いです。何はともあれ、できるだけ(作り手・公演・観客・読者・言葉・演劇に対して)真摯でありたいとは思っています。

ところで、このマンスリー・ブリコメンドでは、単に「オススメ」として公演情報を整理するだけでなく、演劇とゆうものについて多角的な入口を見いだしていくことで、演劇の楽しみ方・面白がり方に新しい導線を引きたいと考えています。また、会話の中で生まれる様々なノイズこそ、座談会の醍醐味でもあります。そこで、議論を十分に尽くせたとは言い難い未熟な論点についても、できるだけ記事に残そうと試みました。今回で終わり、とゆうことではなく、回を重ねていく中で、ここから何かしら実のあるものを膨らませていけたらと思っています。つい前置きが長くなりましたね。それでは、どうぞー。(藤原ちから)


*ブリコメンド=ブリコラージュ×リコメンド


藤原ちから/プルサーマル・フジコ

1977年生まれ。編集者、フリーランサー。BricolaQ主宰。プルサーマル・フジコ名義で劇評などを書いたりもする。雑誌「エクス・ポ」、フリーペーパー「路字」、武蔵野美術大学広報誌「mau leaf」などの編集を担当。音楽雑誌「ele-king」で演劇コーナーを執筆。共編著に『〈建築〉としてのブックガイド』がある。twitter:@pulfujiko

日夏ユタカ(ひなつ・ゆたか)

東京都出身。日大芸術学部卒。日本で唯一の競馬予想職人を名乗るも、一般的にはフリーライター。80年代小劇場ブームを観客&劇団制作として体感。21世紀になってからふたたび演劇の魅力を再発見した、出戻り組。twitter:@hinatsugurashi

鈴木励滋(すずき・れいじ)

1973年3月群馬県高崎市生まれ。地域作業所カプカプ(http://kapukapu.org/hikarigaoka/)所長を務めつつ、演劇やダンスの批評も書く。『生きるための試行 エイブル・アートの実験』(フィルムアート社)や劇団ハイバイのツアーパンフに寄稿。twitter:@suzurejio

カトリヒデトシ

1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。カトリ企画UR主宰。「演劇サイトPULL」編集メンバー。個人HPは「カトリヒデトシ.comtwitter:@hide_KATORI

徳永京子(とくなが・きょうこ)

1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、「シアターガイド」「花椿」「Choice!」などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。twitter:@k_tokunaga



日夏ユタカのブリコメンド

東京デスロック『再/生』京都公演
8月5日(金)〜7日(日)@KAIKA

劇団どくんご『A Vital Sign -ただちに犬』北海道公演
7月30日(土)〜8月13日(土)まで断続的に@余市、士別、鶴居、釧路

ニッポンの河川『大きなものを破壊命令』
8月10日(水)〜14日(日)@こまばアゴラ劇場


日夏 はい、まずブリコメンドしたい2つとして、東京デスロック『再/生』京都公演。それから劇団どくんご『A Vital Sign -ただちに犬』の北海道公演です。
徳永 あのー、デスロックは同じ公演を先月も薦められてたと思うんですけど、これって長期ツアーですよね。いったい今後どれだけ薦める気ですか?(笑)
日夏 このコーナーのあるかぎり(笑)。……というのは冗談ですけど、やはりすでに自分が観て満足度の高かった作品はお薦めしやすいですよね? それに日によって、ましてや場所によって変わるのが演劇の特徴だと思うので、同じタイトルの作品でも、いつ観るか、どこで観るかによって違う体験になるはず、正確には同一作品ではないよ、という主張も少しあります。
カトリ 『再/生』京都公演の会場になるアートコミュニティスペースKAIKAは、出来て1年、四条烏丸からすぐのところみたい。京都の小劇場は、まずアトリエ劇研があるし、あと有名なところではART COMPLEX 1928という、もともと大阪毎日新聞社京都支局ビルだった三条通り沿いの劇場があるけど、KAIKAも行ってみたいなあ。
藤原 大阪では精華小劇場がなくなってしまったけど(結局一度も行けなかった)、関西の演劇シーンにはぜひ盛り上がってほしいです。東京の若いカンパニーがあちらに行く機会も増えてるし。いち観客としても、東京以外の場所に観に行ったついでにその土地を観光するのは楽しいことだし、行き来が活発になれば、旅をする口実も増えそう(笑)。
日夏 まあ、どくんごの場合はもともと“旅するテント劇団”なので、追いかけなくても近くに来てくれたりするわけですが(笑)。ただし、今年のように全国30数ヶ所を連年で回るようになったのは2年前から。来年も近くで絶対に観られるとはかぎらないので、興味がある人はできるだけ見逃さないでほしいなあ。なにより、演劇でしかできない表現も追求しているのに、それまで生舞台に触れたことのないような子どもでもすんなり楽しめてしまうのがいいんですよね。また、もともとは外部と遮断するためのテントを使いながら、言葉どおりの意味もふくめて「風通しがいい」のも魅力的です。
藤原 吉祥寺の公演では小さい頃サーカスを観に行った時のワクワク感を思い出しました。あの時はツイッターでもずいぶん物議を醸しましたけど、ともあれ、観た人たちに何かしらのものを喚起させたのは事実だと思います。どくんごは8月前半は北海道の各地を回って、そのあとはまた別の地域を旅していくようですけど、東京ではない別の土地でまた観てみたいな。
日夏 一方、デスロックの『再/生』は横浜で二回目に観たときに、舞台上で演者がものすごく孤独なパフォーマンスをつづけているのに、いつしか舞台/客席の境界が失われていく一体感に興奮しました。ちょっと、分析したがりで、勝手な物語を立ち上げてしまいがちな自分にしては珍しく、“なんだかわからないけど感動した”という状態でしたね。余白の多い作品なので、いろいろな人がそれとはまた違った体験ができると思います。
藤原 確かに「すごく感動した! でも一体なんだったんだ?」といった(おそらくいい意味での)戸惑いの声もちらほら聞きました。実際、横浜公演は衝撃作でしたね。受け取り方も人によって違うと思うし、今後ツアーをしていく中で作品自体も変化していきそう。東京から比較的近い、来年3月のキラリ☆ふじみ公演も楽しみですけど、その前にまたどこかで目撃したいです、できることならば……。
日夏 それから、ニッポンの河川『大きなものを破壊命令』。これは徳永さんも「Choice!」(http://www.next-choice.com/stage/index.html)でオススメになられてるので、詳しくはそちらを(笑)。じつは僕は、大きな会場で照明や音響がバンバン入る演劇も嫌いではないんですけど、ニッポンの河川は大がかりな方向には行かずに楽しませてくれる。作・演出の福原充則さんは、宮崎あおいさんを主役にして青山円形劇場でもみせられる(『その夜明け、嘘。』2009年)ような演出力もあるんだけど、ニッポンの河川では、俳優自らフットスイッチで照明を付けたり消したり。そんなアクセントがあるだけで芝居ってこんなに面白くなっちゃうんだ、という驚きがある。
藤原 確かにこのタイトルはまさにミニマム志向の声明にも見えますけど。
徳永 福原さんは、たしか「役者さんに演技以外の負荷をかけるのが面白い」という理由でスイッチングを任せているとおっしゃっていたので、おそらくミニマムな演劇を目指すのが主眼ではないと思いますけど、確かにそれはひとつのリズムになっていますね。

カトリヒデトシのブリコメンド

キャラメルボックス・アナザーフェイス『ナツヤスミ語辞典』
8月3日(水)〜11日(木)@新国立劇場 小劇場

ブルドッキングヘッドロック『毒と微笑み』
8月4日(木)〜10日(水)@中野 ザ・ポケット

こゆび侍の標本vol.2&3『いつか/タルチュフ』
8月9日(火)〜14日(日)@ギャラリーLE DECO


カトリ まずキャラメルボックスの『ナツヤスミ語辞典』。確か初演が1989年です、見ました(笑)。けれど20年キャラメルを観てなくて現在を知らないし、オススメする資格はないのかもしれませんけど。キャラメルの成井豊さんってもともと高校の先生で、高校演劇の縛りであるところの1時間のホンが多いんですね。ハーフタイムシアターって最近もやりましたよね。80年代後半から90年代くらいの高校演劇では成井豊鴻上尚史の脚本が人気を博していたんです。それで今、自分の養成所から育った渡邊安理みたいな俳優が出てきている。彼女は柿喰う客やカスガイで見たけど、かわいいのを売りにせず、嫌な女を演じたりしてますね。いい印象をもってます。で、そのキャラメルが今回、中屋敷法仁率いる柿喰う客とセットでやる形式の公演で、お互い刺激もあるなと思って、ちょっと見てみたい。
日夏 僕はキャラメルボックスを85年の旗揚げ公演で観ていますが、その後は1回観たのかなあ。なので、語る資格はまるでありません(笑)。
励滋 私は1回だけ観てます。95年くらいかなあ。ずーっと言ってるけれども、観る前と後とで自分の中の何かが変わるような表現に出会いたいと私は思っているので、キャラメルボックスカタルシスはあるけれども、揺さぶられることはなかったと思ってしまいました。ずっと観てないので何とも言えないけども、ただ今回、若い中屋敷くんとの出会いで何かが変わるかもな、とは思います。
カトリ 次はブルドッキングヘッドロック『毒と微笑み』。もともとナイロン100℃喜安浩平が立ち上げた劇団だけど、2000年の旗揚げから10年以上活動して独自性が明確にでてきた。作品世界はケラさんの最良な部分の継承者という感じがしてます。メンバーも実力がついてきて、岡山誠とか山口かほりとか他ではちょっとみない感じの役者が活躍してます。
日夏 「役者を評価するのはカトリさんの係」くらいに思ってるんで(笑)、具体的な名前を教えてください。
カトリ 元世界名作小劇場の津留崎夏子は大好きですね。藤原よしこなんか昼ドラにでそうな感じなんだけどしっかり小劇場してる。あと一番劇団歴の若い林生弥。彼女は秘密結社ブランコの『歌えロレッタ愛のために!』にも出てたけど。
日夏 ああ、ナカゴーの鎌田順也さんが作・演出だった秘密結社ブランコ! ブルドッキングでいわれてもわからないという(笑)。
カトリ 最後に推したいのが、こゆび侍の標本vol.2&3『いつか/タルチュフ』。本公演ではなく、2本立てのチャレンジ企画です。『いつか』は福島崇之くんの一人芝居だけど、彼はここ1年くらいで演劇集団砂地なんかの客演で幅が出てみるみる良くなってきた。演出がぬいぐるみハンターの池亀三太です。もうひとつの『タルチュフ』はモリエールの戯曲。喜劇の成功例は日本では数少ないとおもうんだけど、風俗喜劇のモリエールなんて難しいのをどう料理するのかな、と関心をもっています。
藤原 今回も含めてここ何作か、こゆび侍のチラシの絵を描いているオカヤイヅミさんとは、実は何度か仕事でご一緒してるのですが、最近漫画『いろちがい』を出版されたりと活躍していて嬉しいです。ただ、こゆび侍の本公演は去年『Sea on a spoon』を王子小劇場で観たんですけど、丁寧に芝居を作っていることは伝わってくる。でも個人的な好みとしてはもっと破綻してもいいから、このロジカルな会話劇の向こう側にもうひとつぽーんと飛び出してほしいなあ、と歯がゆいものがありました。
日夏 成島さんの戯曲は、もともと、向こう側にぽーんと飛び出していてもっと破綻があったものを、『Sea on a spoon』ではロジカルな会話劇に押しこめようとしていた印象です。そのあたり格闘中だと思うので、僕は今後に期待しています。

徳永京子のブリコメンド

キリンバズウカ『マッチ・アップ・ポンプ』
8月6日(土)〜14日(日)@川崎市アートセンター アルテリオ小劇場

パルコプロデュース『クレイジーハニー』
8月5日(金)〜28日(日)@パルコ劇場

タクト・フェスティバル コープス『ひつじ』
8月2日(火)〜4日(木)@水天宮ピット ほか、びわ湖、大阪など


徳永 私は「Choice!」でオススメした柿喰う客×キャラメルボックスとニッポンの河川以外では、キリンバズウカの『マッチ・アップ・ポンプ』を挙げたいと思います。私が最初に観た『スメル』は中2病的な印象の強い話だったのが、前回の『ログログ』では世界観も広がって良かったので。それと、ずっと苦手だったある役者さんを、あの舞台で初めていいと思えた。その時、演出家としてもやるなぁと思ったんです。
カトリ 登米くんは実は2002年に大阪で活動開始というから、10年近い活動歴を持っています。08年から東京でやっています。顔が広いくていつも小劇場の有名人がわりと出演してます。それからすると、今回は意外と地味なメンバーを集めたなと。
徳永 うーん、ただ前回も「小劇場のスターを集めた」みたいな言い方をされてたと思いますけど、その言い方はむしろ小劇場の枠を狭めてく感じがするので、キリンバズウカにかぎらずやめたほうがいいと私は思います。でも今回出演する平田裕一郎さんはテニミュ(ミュージカル・テニスの王子様)にも出てた人で、おもしろいキャスティングのルートを持っているのかなと思います。
カトリ おっしゃることはよくわかりますが、そういう売りをする団体や公演をする意図や狙いも私にはわかるところもあるので、是非は作品次第なんじゃないかなぁと思ってます。今までのキリンバははっきりいってメリットとはいえなかった。
日夏 これは一般論ですけど、以前は俳優の所属事務所が、映画やテレビに出そうとしていたのが、最近は舞台にも出したいって傾向はある気がします。
藤原 わたしは前回の『ログログ』は、あまりこうした言い方は使いたくないのですが、あざとさが先行する感じがしてどうしてもノレませんでした。つまり、やむにやまれぬ作り手としての衝動ではなく、別の何かの要請によって「それらしいこと」を混ぜ合わせて作っているような感触が拭えなかったんです。アフタートークでさらに悪い印象を持ってしまって、失意のまま三軒茶屋から下北沢までトボトボ歩いた記憶があります。
カトリ 私はずっと観てて、登米くんの作家性は高いと思ってます。ただ書き過ぎるところを感じてて、それをそのまま演出するので役者の自由度が制限されてしまい結果役者の魅力を減じてしまうように思っています。そんなに役者を並べなくてもいいのに、って。1月に王子小劇場でやったgiggleというプロデュース公演の『アレルギー』では即興に近い、役者にやりたいようにさせる芝居をつくったんだけど、逆に良かったんだよね。それはそれで役者が演出家を驚かすくらいのものがあって登米くんにはいい経験だったと思ってます。
徳永 続いてブリコメンドしたいのがパルコプロデュースの『クレイジーハニー』。作・演出の本谷有希子さんの作品はすごく不思議で、未完成な部分や足りない部分を発見しても、それが次の作品を観に行くモチベーションになったりする。今回の公演に関しては、先日、パンフレットのために出演者の安藤玉恵さん、成河(ソンハ)さん、吉本菜穂子さんで鼎談していただいた時に、お三方が楽しそうに口を揃えて「オーディションで採用された10人がとにかく凄く面白いんだ!」という話をされていて。本谷さんはワークショップ形式のオーディションを今回初めて採用したんですけど、とても刺激を受けて、稽古もそれがベースになっているそうです。
藤原 性格にやや難のある小説家を演じるヒロインの長澤まさみと並んで、彼女とつるむオカマ役を演じるリリー・フランキーも初舞台ですけど、リリーさんって、東京で生きていくことに対するある種の絶望を身に纏っている人だと思うんですよ。それが舞台にどう現れ出てくるのかすごく楽しみです。まずこないだ「シアターガイド」で取材に行った時に、リリーさんが遅刻せずに稽古場にいたこと自体に驚いたんですけど(笑)。ものすごい遅刻魔として知られてますからね……。
徳永 きっと『ぐるりのこと』からですよ。橋口亮輔監督に「あなたがひとり遅刻することで、映画はどれだけ映画にたくさんのスタッフに迷惑かかるか」ってこんこんと説教されたと聞きました(笑)。お三方も、ラストのリリーさんが素晴らしいと口を揃えていらして、確かにそれは観たいなって思いました。
日夏 徳永さん、オススメの仕方がうまいですねー。
励滋 そう、それで私、いつも観ちゃうのよね。ふだん絶対観ないような高額の価格帯のものも(笑)。
藤原 でも今回の『クレイジーハニー』は励滋さんだって観たい要素大きいでしょ? 何しろ一度見たら忘れない、ハイバイの坂口辰平が出演するし。
励滋 まぁ、ハイバイマニアですからねぇ。
藤原 ロロや中フラで目立った活躍をしてきた北川麗もやはりオーディション枠で出ます。それに、そもそも安藤玉恵がかつてポツドールの看板女優として存在しなかったら、わたしが小劇場演劇を観ることもなかったかもしれない。とにかくいろんなことが楽しみで、入口もたくさん見出せそうな舞台。
日夏 俳優はほんとにいいですね。安藤さんも、ソンハさんも、吉本さんも。だけど一点だけ難点を言わせてください。価格です。本谷さんの公演は客層とミスマッチしてる気がしてて、たとえば4000円台で10代・20代・30代の女性客で会場が埋まってほしいと思っているんです。
徳永 アンダー25歳は5000円って特別枠がありますよ。
日夏 そしたらU-25の人はぜひそれで観てほしい。特に若い女性に観てほしい筆頭です、本谷有希子は。おじさんとは感性が違うんですよ。いや、世代や性別にかぎらず、たとえば少女漫画を読んできた人なら、びんびん共感できる作家だと思います。
藤原 少女漫画かあ……。なんか言いたいことある気もしますが(笑)、ひとまず先に進みましょうか。徳永さんの3本目は?
徳永 タクト・フェスティバルのコープス『ひつじ』です!
日夏 出た!(笑)
徳永 去年の『ひつじ』はほんとに楽しかった。要は、人間が羊を演じている様子を観るだけの数十分ですけど、あれは並大抵の羊じゃないですよ。羊のイヤなところもちゃんとやって、子供がビビッても全然構わないところが良かった。タクト・フェスは大阪からスタートした子供向けの演劇フェスティバルなんですけど、原発の影響で来日しない劇団があった中で『ひつじ』はまた来てくれた。
日夏 子供だましじゃないからこそ、子供から大人までガチで楽しめるんですよね。僕は去年、『ひつじ』を3回観ましたよ。
励滋 私は2回かな。でも最後の回のカーテンコールを観たよ。
日夏 嬉しそうにツイッターで実況してましたよね……。他の回ではカーテーンコールがなかったから、羨ましかったんですけど。
励滋 そう、嫌がらせでね(笑)。というのは冗談で、ともかく羊たちが客に媚びないところがいいですね。つい子供が多いとサービスしちゃいたくなると思うんですけど、一貫してどこを見てるのかよくわからない怖い目をした羊のままで。
徳永 子供がエサを渡す時にビビッて床に落とした葉っぱも躊躇なく食べる。パフォーマーとしては当然なのかもしれませんが、やっぱり素晴らしいなと。
藤原 パフォーマーの中にひとり、日本出身の女性の方がいますよね。海外に行って、羊として戻ってくるのって凄い人生だと思うんですけど(笑)、でもほんとに素晴らしい凱旋帰国だと思います。
日夏 あ、でもカトリさんは何か言いたいことがありそうですね?
カトリ ……うんとね、長くなりますけど、草野心平の言葉に「犬だって人間だ」ってのがあるんですよ。戦後の新宿あたりで飲んでる時に、フラフラ入ってきた野良犬を他の客がぶって追い立てようとしたら「犬だって人間だ!」と彼が怒ったというエピソードがあって私は心酔していることばなんです。まあそれは前置きで、私は北海道で教員を10年間やってた時にお父さんが倒れちゃった生徒の家で牛や羊の世話をしたことがあって、羊や子ヤギにミルクやったりして、で、牛だって人間だ、生きとし生けるものなんだ、と思ってたんだけど、羊は無理だった……。どうしても。あのね、羊の目って怖いんだよ。世話してる時に後ろからタックルされて300キロの重さでのしかかられた時に、目があっちゃって、すると血走ってるしさ。怖いんだよ、羊って! この人とは絶対に分かり合えないと思った。牛はね、まだ気立てがいいところがあるのよ。この子とはもしかしたらちょっと分かり合えるかもしれないって一縷の望みがあるのよ。だけど羊は無理。絶対無理! ってことを北海道で経験して。だから羊を人間が演じちゃうってことだけで、おかしいって感じちゃう。羊ってこんなものじゃない! って(笑)10頭とかに囲まれてごらんなさいよ。臭いし、怖いし。羊は本当に怖いんだよ……
日夏 ……今の一瞬、つかこうへいの長台詞かと思いましたよ(笑)。でもね、競馬が本業なんであえて反論すると、馬もまさにそうでね、ケモノ扱いなんですよ。日本で飼われてる馬はケモノで分かり合えない。だけどヨーロッパの馬は分かり合えるんです。それはなぜかというと、飼ってるほうの人間たちが分かり合えると思って飼育してるから。その歴史的背景があるんですね。だからカトリさんが今言ってる羊は、飼い方が悪かった可能性がある。たしかに北海道の実体験があるのかもしれないけど、それは決して、すべての羊一般に敷衍できるものではないのかもしれない。
カトリ なるほど、羊を差別するなと……
藤原 何これ? 動物にうるさい人たちがここに……え、そんな話?(笑)
励滋 いや、あのね、私はもう羊がリアルかとか、もしくは羊のリアルとはなんぞやとかなんてのはどうでもよくて、だって演劇観てるんでしょあんたたち!(笑)『ひつじ』はまさに演劇的体験じゃないですか。あれが本当の羊だなんて、ほとんどの子供はほんとに思ってるわけじゃない。それよりも「こういう嘘ってアリなのね」ってことを、嘘を全力で媚びずにやっているオトナたちによって立ち現れる何ものかによって、直感させられちゃうこと。そんな演劇的体験を、子供たちも含めてその場にいる人たちで共有できるのが面白いところでしょうよ。
カトリ いやぁ、私の生活史があれを演劇作品とは感じられずに、別のところに訴えかけてきた。恥じ入ります(笑)。
藤原 確かにアレってお化け屋敷にも似てて、ほんとのオバケではないと分かってはいるんだけど、演じている何ものかに畏怖する、って経験があるわけですよね。しかも去年の『ひつじ』はオープンに無料でいろんな人が出入り可能な東京芸術劇場の中庭的な場所でやった。今年は水天宮ピット? どういうロケーションになるのかな。
日夏 ま、安泰な場所ですね(笑)。
励滋 蒸し返すしますね(笑)。
徳永 またそれですか! 一体いつまで言われるの?(笑)
日夏 20年は言われますよ。や、むしろ20年後に言われますよ(笑)。でも去年の『ひつじ』はふと迷い込んでしまった人を含めていつの間にか場の一体感ができてましたね。今回もそうなるといいなあ。
藤原 水天宮ピットはもともと学校だった場所だし、去年のように池袋の街なかでやるのとは勝手が違うでしょう。それでも演劇の入口として、ひとつの強烈な面白い体験になりうると思います。オトナにも気づきがある。

鈴木励滋のブリコメンド

『最強の一人芝居フェスティバル=INDEPENDENT』
8月4日(木)〜7日(日)@こまばアゴラ劇場 ほか、全国各地

栩秋太洋『海』
8月4日(木)〜6日(土)@北品川フリースペース 楽間

サーカムスタンス『サトルモブ:これが最後であるかのように』
2011年8月6日(土)@横浜市内某所


励滋 私はまずはこまばアゴラ劇場で行われる『最強の一人芝居フェスティバル=INDEPENDENT』。大阪のインディペンデントシアターが毎年11月にやってきた企画で、5年間で60本上演された中から選ばれた10本の短編のひとり芝居です。それが今回東京にも来ます。柿喰う客の『いまさらキスシーン』とか。脚本が山崎彬(悪い芝居)で演出が伊藤拓(France_pan)という面白い組み合わせになる『マラソロ』とか。前回の『夕暮れ鬼とテディベア』が素晴らしかった坂本見花が作・演出の『スクラップ・ベイビィ!』とかも。作品ジャンルがかなり多岐にわたってるんですよね。インディペンデントシアターという劇場の蓄積のぶ厚さを感じさせてくれます。ダンスに近いものもあったり、何かしら引っかかるものがあると思います。全部観るとしたら一日がかりになっちゃいますけど。
カトリ この10人中5人見たことあるけど、東京には居ないタイプというか、東京の狭さや限定というのが感じられる人たちがでるのでとても楽しみ。
励滋 続いてブリコメンドするのは、栩秋太洋のソロ公演『海』。彼はチェルフィッチュにも神村恵カンパニーにも出ていますが、もともと山海塾の人なので、とてもずっしりした舞踏の雰囲気もまとっています。今回面白いと思っているのは、北品川フリースペース楽間って場所。もともと商店街の中にあったパチンコ屋が潰れたスペースを地域で使ってるんですけど、ここは東海道の宿場町だったところで、その雰囲気も面白いです。そこで今回は牛川紀政さんが音響で、杉山至さんが美術かな。
藤原 栩秋太洋は佇まいが面白いですね。つい見てしまう感じ。
日夏 ただ正直な話、このフライヤーだけで観に行くのはちょっとハードル高いですね。今みたいにオススメしてもらえたら別ですけど。
励滋 確かに、ふだんダンスを全然観てない人がいきなりこのフライヤーから入るのはちょっと難しいかもしれないね。
藤原 そこはトチアキさんの公演の話から脱線してしまいますが、こないだとある場所でKENTARO!!さんが「コンテンポラリー・ダンスの観客は演劇の10分の1くらいだ」と語ってて、あくまでそれは実数ではなく印象の話だとは思いますけど、実際、ダンスの苦境は感じなくもないわけですよね。どうもストイックすぎる一面が、集客にかぎらず、ダンスとゆう表現が展開していく可能性を狭めかねない気がするんですけど、どうでしょうか? 以前、モモンガ・コンプレックスが、カーテンコールをパロディにするネタをやってたけど……
日夏 2010年1月の『EKKKYO-!』の時ですね。舞踏とか、バレエとか、いろんなジャンルのカーテンコールの真似をして笑いを誘ったという。
藤原 ……そう、あの時にコンテンポラリー・ダンスのカーテンコールもパロッてて、「私はやりきりました」みたいな真顔に戻る感じを見事に表していたと思うんですね。で、そもそも演劇だと「演じる」お約束があるわけで、それが作家や演出家や俳優のストイックなメンタリティを打ち砕く側面もあると思うんですよ。そもそも「演じる」ことの気恥ずかしさがあるから、それを乗り越えるために演劇はあの手この手を尽くしてきた。各時代の喋り言葉を取り込んだり、あるいは別のやり方で、フィクションとしての成立のさせ方を試行錯誤したりしてきたと思うんです。じゃあダンスはどうなのか、とゆうあたりが、疑問でもあるし、興味のあるところでもあるんですけど。
日夏 僕はたとえストイックに見えても、観客として「ここには何かがある」と感知して前のめりになって観る体験も好きなので、それを一概に否定したくはないですけど。
励滋 もちろんそれは構わないんだけど、ストイックに突き詰めるあまり、解釈の仕方にあたかも「正解」があるかのようなまでに作品を抱え込んじゃう、わかっているのは作ったわたしだけみたいなこともあるかもです。それではダンスというものに入りにくくなっちゃうとは思いますね。ただダンスといっても、モダンダンスとコンテンポラリー・ダンスには、わたしなりの線引きがあるんです。たとえば表現する対象がある場合、モダンだと、「水」とか「風」とか「誰かの一生」とかを踊りによって表現しようとする。それに対して、そうした「水」や「風」や「誰かの一生」といったものから浮かび上がる印象を表現するために身体を用いるのがコンテンポラリーだと思うんです。何かを表そうとするか、何かによって表れるかの違い。そこの境目は微妙なんだけども、前者(モダン)的なものに終始するとさすがに興醒めする。演劇にも当てはまることだと思うんですが、ロロなんかもこの区分けでいくと後者(コンテンポラリー)じゃないかと。何かを表現するためにあれこれ引用しているんじゃなくて(だからロロに対してよく言われる「参照項」がわからない云々ってのは的外れだと思っています)、ロロの作・演出の三浦直之さんが舞台に表したいものと、それに通じる感覚の波立ちみたいなのをかつて彼自身がもたらされたものたちを連ねていくことで、浮かび上がらせようとしている、って意味で。
藤原 さっきの『ひつじ』にしても、上手に精度をあげていかにリアルに演じられるか、ってことではなくて、その「演じる」行為によってフィクションを立ち上げてその「夢」に人を巻き込む、その方法が面白いと思うんです。もちろんカンパニーや作品によって様々にやり方が異なる。でもダンスの場合はどうなのか、わたしにはまだちょっと分からないんだけど、励滋さんが言うようにコンテンポラリー・ダンスも見立てやフィクションの力を利用してるのであれば、ほとんど演劇との境界はないとも感じます。このあたりの話はまた機会があればいつかあらためて。ちょっとフライング気味の話でした。
励滋 はい、最後にブリコメンドしたいのは、サーカムスタンス『サトルモブ:これが最後であるかのように』。チラシには「ご参加にあたっては、ご友人やパートナー、もしくは貴方がもう少し良く知りたいと思っている方を誘って、公式ウェブサイトから、二人一組でお申込下さい」とあります。
カトリ まず友達探すところから必要ってこと? 私、無理じゃん(笑)。
励滋 横浜って、まさに急な坂スタジオの方たちの尽力なんだろうけれど、時々こういう不思議な企画をやるんですよ。シャッター商店街を使って作品をつくる『ラ・マレア横浜』とか。その批評は「ワンダーランド」に書いたので興味があれば読んでみてください(http://www.wonderlands.jp/archives/12446/)。体験の前と後で『ラ・マレア』同様に世界がちょっと違って見えるんじゃないかと期待しています。でもまあ、もしも大失敗したら、中華街にでも行って楽しんでください(笑)。公演自体は無料ですし。
徳永 この企画、演劇をデートに使うなっていうジエン社とは真っ向から逆ですね。
藤原 それでいうと、時間堂の黒澤世莉は「デートは劇場で」を提唱してますね。
日夏 僕はそれは反対ですね。なにより、映画館がそうですけど、デート目的の人がいると場が濁る。あと、演劇をデートに使うとケンカになることが多いんですよね。これ、実体験ですけど(笑)。
励滋 まあ、確かに互いの感覚が違うことが分かっちゃってエラい事になるかもしれないけど、それはそれでしょうがないんじゃない? むしろそういうの早々に発覚した方がよいよね〜
藤原 確かに、何かを観る時に、「これデートに薦められるかなあ」って思うことあるかも。
徳永 え、本当に?
藤原 演劇をひとりで観るか、誰かと観るか。その時々ですけど、この『サトルモブ』みたいにそこを指定してくるのってちょっと面白いなと感じます。それも観劇の一要素ではあると思うので。

藤原ちから/プルサーマル・フジコのブリコメンド

渡辺美帆子事務所『サよりよろしくバー』
8月14日(日)〜17日(水)@阿佐ヶ谷ひつじ座


藤原 さて最後です。わたしのブリコメンドは、できれば「これは絶対面白い!」みたいな本命だけじゃなくて、当たるも八卦の「冒険枠」を置きたいんですけど、今回はテネシー・ウィリアムズ原作の『サよりよろしくバー』を。
日夏 構成・演出の渡辺美帆子さんって、量子力学演劇の『光子の裁判』をやった人ですよね?
藤原 そうです。量子力学演劇は気になりながらも結局観に行けなかったんですけど、お茶の水のギャラリーでやった一人芝居『小瀧ソロ』は観ました。マリリン・モンローの一生を演じたもので、もっと気持ちの悪い妄念の世界に迷い込めそうでありながら、結局は女性一般の人生物語に落とし込まれてしまったような気がして残念だったんですけど、場所や俳優も含めた企画の立て方や、音の出し方が面白かったりしたので、チャレンジ精神のある人なんだな、と感じました。
日夏 「冒険枠」ってのはいいですね。
藤原 うーん、作り手の人には失礼な言葉かもしれませんけど、正直、観る側としても冒険する楽しさってあるじゃないですか? それで思いもかけない発見があればやっぱり嬉しいし。
日夏 僕は王子小劇場で『光子の裁判』を観たんですけど、ちょっと正確に量子力学を説明しなきゃ、みたいな先生のような感覚がまだ少しあった気はしました。
徳永 それはさっきのモダンダンスとコンテンポラリーダンスの違い、みたいなところにも通じそうですね。
藤原 また迂闊なことを脱線気味に言いますけど、傍目に見て、青年団はその施設的インフラや人脈を利用できるって意味ではすごく良い環境だと思う反面、一方では平田オリザ仕込みの「現代口語演劇」の感覚が足枷になる場合もあるような気がするんです。実際、オリザさんの下から巣立って活躍してる人たちって、現代口語演劇をベースにしながらも実はちょっと不貞不貞しいくらいの「批判的な継承」をしている。やはり後進の作家はどこかで「父殺し」が必要でしょう。そして平田オリザの偉大なところは、御本人がどう思ってるかは存じ上げないけども、あえて「父殺し」を引き受ける場所にちゃんといることだとわたしは思います。……で、今回の渡辺美帆子の『サよりよろしくバー』に話を戻しますけど、この作品は富山で利賀演劇人コンクールにまず参加して、そのあと東京の阿佐ヶ谷に持ってくる順番です。タイトルにしても、ユーモアのセンスある人なんじゃないかなーって気はするので、実験精神と度胸とで、ここはひとつドカンとやっていただきたいです。Q