9/17 Image Fukushima

ユーロスペースのImage Fukushimaに。タルコフスキーの『ストーカー』と、亀井文夫のドキュメンタリー『世界は恐怖する 死の灰の正体』を観る。『ストーカー』ちょっと凄かった。これに出会えただけでこの映画祭万歳とゆう気分になる。『世界は恐怖する』は核実験の恐ろしさを訴えたもので、1957年の作品だが、ナレーションが徳川夢声。双頭や一つ目の奇形児や死体やらの映像が平気で流れているのが凄かった。

そのあと、トーク。吉野裕之さんはやっぱ声がいいなー、と思いながら聴いていた。質疑応答コーナーで、福島出身で、大阪に避難して、今また半年ぶりに福島に帰ろうとする途中に寄ったのだ、とゆう女性が、涙ながらに、誰にも理解されない現状を訴えていたけれども、その涙に深く打ちのめされると同時に、なんだか苛立ちも感じてしまった。大阪では誰も理解してくれなかった、とゆうけれども、それはもちろん同じレベルでは理解されないかもしれないが、わたしがこないだ大阪に行っていろいろ話したかぎりでは、話の通じない人ばかりではなかった。むしろ大いに話せたと思う。出会えるかどうかは、運とかもあるのではないか。理解されない、と思い詰めてしまうとかえって苦しくなるのではないか、あなたはその「不幸」に依存しているのではないか、とか思えて、その女性にひとこと言ってやりたいような気持ちになった。大丈夫ですよと。話の通じる人はいますよと。

それでもう時間もなくてその場ではそれ以上話が展開しなかったのは残念だけれども、わたしが気になったのは2点。


1.原発の問題はすべて「福島=フクシマ=Fukushima」に還元されすぎ、囲い込まれすぎなのではないか。宮城、新潟、栃木、茨城など、隣接する県でも放射能に汚染されている可能性がある中で、福島だけが生贄として置かれているようにも思う。そのことが、国や福島県に「風評被害」をことさら恐れさせ、そして結果的に放射能の被害を拡大させるようなことにならないかとても心配。

2.福島が「危険はないから大丈夫、がんばろう福島!」派と、「やはり危険はある、子供や妊婦や若い女性だけでも逃がしたほうがいい」派に2分されつつあるのは確かなのだと思う。で、前者が後者を精神的に追い込んでいく、とゆう構図もあるだろう。ではその中で、福島のオピニオンリーダーやメディアはどのような立場をとっているのか。具体的には、政治家、ジャーナリスト、専門機関、学者、新聞テレビ雑誌などのメディア、がどのように主張しているのか。

ユーロの1Fで懇親会があったので少し飲んだ。この日はKINO TRIBEとゆう映画祭も同じビルのOディトリウム渋谷でやってるので、いろんな人に会った。



で、ほどほどでおいとまして、高円寺のいつもの中華屋で飲んでいた。やや相談事もあり、橋本くん来るかな、と思ったら来てくれたんで、結構遅い時間まで飲む。鹿児島の話とかめっちゃ面白かった。彼のブログによると、2時19分まで飲んでいたそうである。そしてこれまた彼のブログによると、わたしが「ピータン食べられる?」とか聞いて「大丈夫です」みたいにゆってたのに、やっぱりあんま大丈夫じゃなかったみたいだ(笑)。ほんと、へんな人だなあ。別に全然かまへんけど。http://d.hatena.ne.jp/hbd/

それでもやや飲み足りなかったのでもう一軒行ってもよかったんだけど、さすがに飲み過ぎな気がしたので帰る。そして川をまたブラブラと散歩してみた。月がきれいだったのだ。Q