マンスリー・ブリコメンド(2012年7月前半)

マンスリー・ブリコメンド、7月前半です(コンセプトはこちら)。月2回、オススメの舞台を紹介してきたこのコーナー、なんと1周年を迎えました。正直、けっこう大変でした。月並みな言葉ではありますが、これもひとえに読んでくださったみなさま、そして協力してくださった4人のブリコメンジャーのみなさんのおかげです。ありがとうございます。いつまで続くやら分かりませんが(今回で休止する可能性もゼロではありません。モチベーションを保つのは相当難儀ではあるので……)、今後ともよろしくお願いいたします。励ましのお便りとかあると喜びます。Q


藤原ちから/プルサーマル・フジコ

1977年生まれ。編集者、フリーランサー。BricolaQ主宰。高知市に生まれる。12歳で単身上京し、東京で一人暮らしを始める。立教大学法学部政治学科卒業。以後転々とし、出版社勤務の後、フリーに。雑誌「エクス・ポ」、フリーペーパー「路字」、武蔵野美術大学広報誌「mau leaf」などの編集を担当。プルサーマル・フジコ名義で劇評等も書く。共編著に『〈建築〉としてのブックガイド』(明月堂書店)。たまにトークイベント「スナックちから」(@清澄白河SNAC)もやってます。「CoRich舞台芸術まつり!2012春」審査員。twitter:@pulfujiko

【今回のブリコメンド】
■ディディエ・ガラス『アルルカン(再び)天狗に出会う』
■木ノ下歌舞伎『義経千本桜』
■範宙遊泳『東京アメリカ』
■悪い芝居『カナヅチ女、夜泳ぐ』
■sons wo:『めいしゃ』


日夏ユタカ(ひなつ・ゆたか)

東京都出身。日大芸術学部卒。日本で唯一の競馬予想職人を名乗るも、一般的にはフリーライター。80年代小劇場ブームを観客&劇団制作として体感。21世紀になってからふたたび演劇の魅力を再発見した、出戻り組。10月25日に『サラブレッド穴ゴリズム』 (競馬ベスト新書)を刊行。http://amzn.to/qOBCmC twitter:@hinatsugurashi

【今回のブリコメンド】
■木ノ下歌舞伎『義経千本桜』


鈴木励滋(すずき・れいじ)

1973年3月群馬県高崎市生まれ。地域作業所カプカプ(http://kapukapu.org/hikarigaoka/)所長を務めつつ、演劇やダンスの批評も書く。『生きるための試行 エイブル・アートの実験』(フィルムアート社)や劇団ハイバイのツアーパンフに寄稿。twitter:@suzurejio

【今回のブリコメンド】


カトリヒデトシ

1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。カトリ企画UR主宰。「演劇サイトPULL」編集メンバー。個人HPは「カトリヒデトシ.comtwitter:@hide_KATORI

【今回のブリコメンド】


徳永京子(とくなが・きょうこ)

1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、「シアターガイド」「花椿」「Choice!」などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。twitter:@k_tokunaga

【今回のブリコメンド】
★ステージ・チョイス!(徳永京子オススメステージ情報)
http://www.next-choice.com/data/?p=8207







 

ディディエ・ガラス『アルルカン(再び)天狗に出会う』(Didier GALAS『Harlequin/Tengu bis』)

【東京公演】2012年7月7日(土)〜9日(月)@atelier SENTIO 
【福岡公演】2012年7月14日(土)〜15日(日)@ぽんプラザホール(中州川端、祇園

(*横浜・広島・京都公演はすでに終了しています)
http://gekken.net/didier_tengu/

 フランス人俳優、ディディエ・ガラスによる1人芝居。今回のベースになっている2010年来日時の『アルルカン、天狗に出会う』の記録映像を観た印象では、断然コミカルで平易な表現であり、誰か子供と一緒に観に行ったら楽しそうだなあと感じた。見た目はなかなかの悪ふざけっぷりなのだが、とはいえ「アルルカン=フランス=パントマイム」×「鍾馗=中国=京劇」×「天狗=日本=能楽」といった三様三態が掛け合わされたミックスカルチャー演劇であり、例えば能楽ひとつとっても何度か京都に足を運んで実際に師事した上での導入らしいので、単に表層だけを掠め取ったものではないはずだ。記録映像を観ていて、ああ、神とか悪魔とかって、神話の世界ではまるで人間のように描かれるよな、とかそんなことをふと思い浮かべた。
言うまでもなくアルルカン(フランス語)とは道化のことだが、別の言語圏ではアルレッキーノ(イタリア語)やハーレクイン(英語)とも称される。数々の作品において様々に描かれてきたこの道化のバリエーションについては、日本ではかつて山口昌男の道化論などで親しんだ方もきっと多いだろうけども、今ではむしろ可愛らしいケーキ屋さんの名前だったり、官能恋愛小説のシリーズのタイトルとして認知している人も多いはず。ディディエ・ガラスがこの舞台で狙うのは、まさにそのように多様に拡散しコピーされてしまったイメージ群の奥から、「悪魔の中の悪魔」たる「真のアルルカン」の姿を取り戻すことである、と思われる。だがその真実探求の試みも、どこか道化的であらざるをえないというあたりに、今の時代にこの芝居を観る意義(面白さ)が見出せそうな気がしています。
ディディエ・ガラスは2000年からアルルカンを演じ続けてきたらしいので、相当、年季入ってるわけで。様々な文化の痕跡を取り入れながら変態してきたのであろうその姿はどんなものなのか? 今回のツアーではすでに横浜・京都・広島の3箇所での公演が終わっている。たぶん、かなり笑える芝居だと予想されるけども、暗闇の中から立ち上がってくる「真の悪魔」の気配を少しでも感じたいものです。(フジコ)
 
 

木ノ下歌舞伎『義経千本桜』

【京都公演】2012年7月7日(土)〜8日(日)@京都芸術劇場 春秋座(http://www.k-pac.org/access.html
【横浜公演】2012年7月20日(金)〜21日(土)@横浜にぎわい座 芸能ホール(桜木町日ノ出町

http://kinoshita-kabuki.org/

木ノ下歌舞伎とは、歴史的な文脈を踏まえた上で、「現行の歌舞伎にとらわれず新たな切り口から歌舞伎の演目を上演する」、木ノ下裕一と杉原邦生による団体である。
それは、昭和以降の歌舞伎の伝統芸能化にともなう固化に対して、宙乗りなどのケレンの演出を復活させた「猿之助歌舞伎」や、本水・本泥の使用や椎名林檎らを起用した新たな演出が話題になった「コクーン歌舞伎」、はたまた現代口語で換骨奪胎していった「劇団☆新感線」などの試みの次にくるもの、ということなのだろう。あるいは、落語における、江戸・明治に作られた噺をそのまま踏襲する伝統芸能化に対して、主に読み替えによる同時代の新作を生みだす試みがあって、さらにべつの現代化があるのではないか、という揺れ動きともなぞらえることができるかもしれない。
では、具体的に、木ノ下歌舞伎はなにを目指しているのか。おそらくその大きな柱のひとつは、これまでは様式性の追求によって発展した(かのようにも思える)歌舞伎を、その原点に立ちもどって、たとえば『弱者』の視点から再度、世界の価値観をみつめなおすことだろう。それはつまり、現代社会の有り様をあらためて問いかける試み、ともいえるかもしれない。
そして、そんな観点から選ばれたであろう今回の『義経千本桜』は、歌舞伎三大名作のひとつに数えられる、3人の作者(竹田出雲・並木千柳・三好松洛)による競作をもとにした多層的な視点が魅力の作品。それを今回は、多田淳之介・白神ももこ・杉原邦生の3人の演出家を起用して各段/パートをべつべつに演出することによって、発祥当時と同様にして現代的な「古典へのアプローチ」が顕現することを目論んでいるようだ。そんな木ノ下歌舞伎の3年間の集大成。できることなら、ある意味で歴史の浅い「古典的な歌舞伎」を愛好する人たちが大いに反発するような、新たなムーブメントへと繋がるような作品が観たい、とも願っている。(ひなつ)

わたしは歌舞伎にちっとも通じてないので、何度かお会いしたことのある木ノ下先生(と敬称でお呼びするが彼は1985年生まれ)こと木ノ下裕一の歌舞伎に関する薀蓄はめっちゃ面白く、まったく驚嘆してしまい、はあ、はあ、そうですかと聞いているばかりです。とにかく木ノ下先生の古典芸能への造詣と愛の深さには唸らされます。
さて毎回、演出家をパートナーに迎えている木ノ下歌舞伎ですが、今回は盟友とも言える杉原邦生(KUNIO)、すでにコンビを組んだ経験のある白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)に加え、多田淳之介(東京デスロック)を総合演出に迎える盤石のフォーメーション。さらには俳優陣の豪華っぷり(!)も見ものです。これまでの観劇体験からすると、事前に多少なりとも原作についての知識を得ていたほうが楽しさ倍増しそうですので、今回は事前に「義経千本桜」wikiっておきますわね。(フジコ)



範宙遊泳『東京アメリカ』

【東京公演】2012年7月8日(日)〜15日(日)@こまばアゴラ劇場(東京・駒場東大前)
【名古屋公演】2012年7月20日(金)〜23日(月)@名古屋G/Pit(名古屋・伏見)

http://www.hanchu-yuei.com/

『東京アメリカ』初演(2010年)は範宙遊泳の魅力が炸裂した素晴らしい公演だった。要するに、その遊び心とブラックユーモアとを前にして、ただ張り付いた薄ら笑いを浮かべるほかなく、冷や汗タラリと流して謎の感動に包まれていたのです。小劇場演劇の稽古場を題材にした劇中劇の一種、とは言えるけれども、単にメタ的な構造に依拠するとかに留まらない、なかなかのハチャメチャっぷりが痛快な作品だった。
そんなこんなでこの『東京アメリカ』は初期・範宙遊泳の代表作にもなりうると思っていますが、もちろん再演というのは実際なかなかの困難をともなうものであって、初演とは全然モチベーションも時代も異なるだろうし、劇場も、そしてキャストも異なる。願わくば初演を越える勢いで、わけの分からん謎の次元にまで連れていってほしいと大いに期待します。(フジコ)
 
 

悪い芝居『カナヅチ女、夜泳ぐ』

【東京公演】2012年7月10日(火)〜16日(月)@王子小劇場(王子)(*大阪公演はすでに終了しています)
http://waruishibai.jp/

およそ半年ぶりの東京登場となる悪い芝居は、関西を拠点にする劇団の名前です。昨年の『駄々の塊です』は岸田國士戯曲賞の最終候補に残り、しかもかなり受賞に肉薄したと伝えられているけども、実際、まがまがしい底力を孕んだ快作だったと思う。
(その時ブログに書いた感想 http://d.hatena.ne.jp/bricolaq/20111121/p1
今年初めに上演された『猿に恋』では、人類の歴史をたどる原始口語演劇(!)にチャレンジ。狙いが十全に表現されているとはいえず、まだまだ模索中、といった感じとはいえ果敢な試みの実験作だった。
さて「岸田國士戯曲賞ならず後第一作」と銘打たれた今作は果たしてどんな作品になるのか? あらすじを読むと「浮浪者」「魔女」「河童」という蠱惑的なキーワードがバラ撒かれているので、期待大ですが、できれば『駄々の塊です』にもあったあのイメージの変幻ぶりをさらにさらにミラクルに見せつけてほしいものです。(フジコ)
  
 
 

sons wo:『めいしゃ』

【札幌公演】2012年7月14日〜15日@シアターZOO(札幌・中島公園
【東京公演】2012年7月19日〜22日@ふね シェア客間(田原町)*会場は予約者にメール案内

http://sonswo.web.fc2.com/

1年半前のこと。この『めいしゃ』初演を駒込の小さなギャラリーで観たのがsons wo:(サンズウォー)初体験だったのだが、あまりのかっ飛ばしっぷりに可笑しみをこらえきれず、ゲラゲラ笑って興奮して観ていたのだった。しかしこのクロスレビューを見ての通り、評価は真っ二つ、というか、ほとんどの評者が「ダメ」「人前に見せるものではない」の烙印を押したわけである。
http://www.wonderlands.jp/archives/17218/
わたしが『めいしゃ』を推したのは、目医者とその盲目の妻という、どうしようもない2人のあられもなくみっともない姿に、何か人間がそこに存在している(せざるをえなくそこにある)ことの強く濁った輝きを感じたからだった、と思う。
以来、sons wo:を観てきた。まあ荒削り、と言えるかもしれないけれども、そもそも主宰・カゲヤマ気象台の中には「端正さ」への欲望はほとんどないのだと思われる。(これは褒め言葉ではなく文字通りの意味だが)欠落している。それゆえに、方法論上の甘さは、確かにある。例えば『二十三世紀』では、身体と言葉に対してもっとセンシティブになることができれば、もっとシビれるような敏感肌の世界をつかみ取ることができただろう。とはいえ、確かにある方法論に執着し洗練を遂げるほうが一見して「近道」であるとしても、必ずしもそれが、遠い世界にまで連れていってくれる道とは限らない。むしろあの公演で試されていた、「劇場の中に居ながらにして劇場をひらく」ことによって生まれた風通しの良さや、ただただ祈りにも似たペーソスは、sons wo:の持ち味として今後伸びていくのではないだろうか。わたしは不器用さをいたずらに称揚したいとは思わないが(それは単に、できていない、ということだからである)、とはいえ人生長いのだしまあしばらくは試行錯誤してフラフラするのも悪くないのじゃないかと思う。
続く作品、少し前に両国のシアターXのフェスティバルで上演された短編『グスコーブドリの伝記』は、人を喰ったようなダサカッコイイ快作(怪作!)で、完全アウェイぽい客層の中でまたもやわたしはゲラゲラ笑っていた。これはさすがに、理解者はさほど多くないだろうと思うけれども、他にも楽しんだ人が確実にいるはずなので(大拍手してる女の子がいた)、迫害や踏み絵や魔女狩りに負けずにどうか生き延びてほしい。大衆消費社会が先に滅びるか、sons wo:が先に滅びるか、の勝負になるだろう。……とかいうと全く勝てる気しないけど(笑)、まあ、でもわりと健闘できそうな気だってするじゃない?
さて札幌の地で、果たしてどうですかね。正直、酷評を浴びて帰ってくるのもそれはそれでいいのではないかと思っている……。札幌のみなさま、確かに変わり種ですがどうぞよろしく。こういう表現も生き延びられる世の中であってほしい。(フジコ)