3/3 食のフロンティア

夏の3連作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』は、「食」をテーマにしている。これまで人間の「記憶」をテーマの中枢に置いてきたマームとジプシーが、その「記憶」を現実世界に具現化するものとしての「食」に強い関心を示し始めたのは、必然といえばそうかもしれない。我々は一軒目の焼き鳥屋を出て、荻窪の路地を歩いて、近くにあった中華屋に入った。Q
 

TK 4月ってどんだけ長かったんだろう……。終わる時涙が出たくらい。SNACでの『あ、ストレンジャー』が1年前くらいな気がしますもん。そのあと北海道に夏の公演の下見に行って、立て続けにワークショップして。ほんとにずっと休みがなくて、何、この砂漠みたいに乾ききったものは?っていう。
Pj  渇いてんのか、潤ってんのかねえ。

◆―― ピータンでも食べますか。そういえばこのお店、前に超ヤバいお酒飲んだことあった。へんなのが入ってたの。見たことないものが……

Pj  物体?

◆―― や、物体ではなかったかな……。あ、これだ、「至宝三鞭酒」!

Pj  何これ。鹿、オットセイ、山狼?

◆―― ……の外生殖器醸造されてるみたいね。

TK じゃあそれいきますか。それを1合と、あとシンルーチュと、
Pj  檸檬酒。
TK ロックで。ザーサイ食べますか。あとピータンは……ピータン豆腐にする?

◆―― 実子先生はピータン食べれます?

Pj  食べれまふ。

◆―― ふつうのピータンと、ピータン豆腐、どっち?

Pj  とうふ。
TK じゃ、ピータン豆腐で。……あ、ここもだ。中華料理屋ってよく「福」の字を逆さまにしますよね。横浜でもよく見かけるんですけど。これってなんで逆さなんですか?
店の人 あの、わたしは日本語、わからない、フー……
TK ラッキー、幸せなのかな?
店の人 そうそう。同じ、フードウ……。
TK 福を呼ぶ?
店の人 そうそう!

◆―― ふーん。ほら、至宝三鞭酒ってこのお酒。匂いからしてすごいよ。ちょっと舐めてみる?

TK 三国志の闘いの前とかに出てきそうですよね。豪傑たちが飲んでそう。…………くはっ! これは凄い……。でも美味いかも。美味いっつーか(苦笑)。
Pj  すご! でも甘いよね。
TK ちょっとミントっぽい匂い? このお酒、強いっすねー!
店の人 45度。
Pj  え! ウォッカのほうがまだ度数低いね。
TK だがしかし、なんでオットセイなんだろう……。
Pj  強そう。性器自体にそういうのが宿ってんのかな。
TK 精神論ぽいけど、白子もやっぱり精巣ですもんね。
Pj  生きてる感じがするもんね、そいつらたちのアレのエキスで。最近、『トリコ』だっけ?
TK 世紀末リーダー伝たけし!』の人(島袋光年)が今描いてる漫画だよね。モリモリのが鳥獣とかを倒してく。
Pj  超デカいワニとか食べてるやつ。なんかそれみたいだなあーって思った。
TK きっと『火の鳥』みたく、不老不死が夢だったわけですよね。それでいろんな人に食わせて実験してた王様とかもいるんだろうな。そこが食の世界を広げた部分もあると思う。でも美食家とかってどんだけ努力してきたのかな……。マジで命賭けてるよね。この3つの精巣を食べれるってことが分かった以上、もはやありとあらゆる精巣を食べている人たちが世の中にはいるってことだろうし(笑)。
Pj  魚とかもさ、ある日、ふつうにいろいろ食べてて、フグ食べたらダメだったってことでしょ。
TK フグなんて、死ぬのが分かっててみんな食べて、やっぱ死ぬっていう……。

◆―― 納豆とか、かなりのフロンティアですよね。

TK 納豆、フロンティアっすね!(笑)
Pj  全体的に、腐らせる系はヤバいね……
TK マヨネーズとか、確かバイキング発祥だと思うんですよ。海の上でドレッシングとして、卵と塩とかでモリモリにして栄養食として食べてたのがそれじゃないかな、って話を聞いたことある。たぶんビールも最初は偶然腐った水を飲んだとしか思えないんだけど。
Pj  最初はきっとマズかったと思うね。

◆―― ビールは修道院で作られてたっていうね。しかし食の先人たちは偉大だなー。我々は先人たちの犠牲の上に胡座かいてるな。

Pj  おこぼれ頂いてますね。
TK イオニアたちは必死だったよね。なんで米を食べようって思ったんだろう。ただの草じゃん。村のはじかれ者とかがどうしてもお腹減っちゃって、草とか食べてるうちに、これは旨みがあるぞ、って発見があったのか。どうしてあれを煮るって経緯に至ったのか。きっとそこまで100年くらいはかかったと思うんだよね。……そういえばちからさん、甲府で猪鍋食べてきたんですよね? あれも凄そう。

◆―― あ、ちょうどマームが相模湖でワークショップやってたでしょ。どうせならもう一歩足を伸ばして猪鍋でも食べに行こうかって思って。最近、高級ではないけど、美味しいもの、を食べたくて。

TK 熊って食べたことありますか?
Pj  熊、ない。
TK 鹿とかは乳臭くて、ラム肉のほうが美味いんですけどね。北海道では熊も食べられんですよ。硬くて、臭みがある。でも猪は食べたことなくて。

◆―― 山梨あたりに行くと結構あるみたいだよ。でも初めて食べたのは、横浜の山のほうの、農家の離れに住んでた時に、大家さんがよく野菜をくれてたのね。そしたらある日突然、「猪を狩ってきたけど、食うか?」って(笑)。もちろん食べたけど、超美味かった。

TK 豚とは違うんですか?
Pj  豚はそんなに生臭くないもんね。

◆―― やっぱり豚は人間が食べやすいように飼育も交配もされてきてるだろうけど、猪肉は硬くて、ぬぐいがたい野生の感じがある。きっと熊もそうなのだろう。食べてみたいなあ。あと甲府では馬肉も食べたよ。ふきのとうの天ぷらも美味しかったし、B級グルメの鳥もつ煮も3軒くらい食べ歩いたけど、最後の居酒屋で食べたのがプリプリで柔らかくて超感動した!

TK どんだけいい旅してるんすか(笑)。

◆―― でも食ってほんと地域ごとに微妙に違うし、まさにマームの今度の連作のテーマだと思うけど。

TK ほんと、食以外にないと思ってますもん今。生きてれば必ず食べますからね。そうそう、昨日の桜美林大学のワークショップ、みんな朝食を食べてくる子たちだったんですよ。おにぎりひとつでもお腹に入れて来てるんだよね。それが泣けた。みんな食べることはやめないんだなって。(地震の影響で)大学だって5月から開講だし、ほんとに上京したての子もいて、でも朝ごはん食べて、得体の知れない僕のワークショップに集まってくれた。それだけでなんか僕の中では得体の知れないグルーヴを感じてました。
Pj  時間なくて走らないと間に合わないから、おにぎりひとつだけでも買う、みたいな子もいたね。
TK 東北出身の子とかもいるんだけど、それとはまた別に、もちろん無関係ではないけど、生存本能が働いている。食べるって行為はポジティブだと思うんですね。僕は逆に、公演前とか、追い詰められると食べなくなるけど……。でも食べることは、安直な言い方をすると、生きるってことじゃないですか。それは素晴らしいことだなと思って。……ちょっといい話していいですか?
Pj  いいよ。
TK 4月後半ほんとに疲れてて、昨日も淵野辺からどうやって帰ったか覚えてないんだ。それで、かなやん(制作・林香菜)が途中で電車降りたこととかも覚えてないわけ。たぶん声かけてくれたと思うけど、それで西荻で、どうやって帰ったかもわかんないけど、おでん買ってたんだ。
Pj  セブンで?
TK そ、大根と、もちきんちゃくを買ってたの。それで気付いたら朝になってもう冷めてたんだけど、その冷えたおでんを食べながら泣きそうになった。そんなに疲れてても食べることをやめてなかったんだーって思って。しかもおにぎりとかじゃなくて、おでんってことは、店員とのやりとりがあったってことでしょ? 

◆―― 大根ともちきんちゃくを要求したわけですよね。

TK 食べることは今の時代、嫌味じゃないと思ってるんです。嫌味って言葉は適切ではないかもしれないけど、でも舞台で何か意味あるものを背負おうとするのは、やれちゃうんだけど安直というか、嫌味に思えるんですよね。もちろん食べ物の話をしても震災のことがよぎる人もいるだろうけど、だけど食べるっていうのは、これこそ、プリミティブな力じゃないですか。人間の原始的な機能のことを淡々と語るっていうのは、僕の中で唯一、今の時代にすんなりくることなんです。

◆―― それも「午後二時の太陽」ってことですね。誰でも等しく腹は減るから。でも実際、最近急に社会性とか公共性とかって言葉が、意味ありげなんだけど、空転し始めたなーと思っていて。もちろんそこに切迫感があるのは分かるけど、むしろそれは今までもあったことだし、例えば苦しんでいる人がどこかにいる、ってことも平然と無視してきてるわけですよね。日常の中で。まあ気持ちはほんとに分かるんですけど……。

TK 今の文字列って、戸川純の「社会性や公共性が希薄にな〜る♪」って歌のまんまですね。あの歌、最悪だよな。(♪戸川純バンド「オープン・ダ・ドー」)
Pj  藤田くんちにあったねその曲。
TK 戸川純ヤバい。ほんとこわい。

◆―― 今日稽古場で実ちゃんが歌ってたブルーハーツみたいに、今のもビート効かせて歌えばよかったかな?(笑)

TK あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜、ってあらためて聴くとヤバいよね。僕には〜夢がある〜♪
Pj  フフ(笑)
TK こないだフジロッククロマニヨンズ聴いて、ヒロト甲本ヒロト)が、よかったー、会えてよかったー、って言って歌い出すんだけど、ブルーハーツは社会性っていうよりももっと原始的な、原始人みたいなんですよね。しかも歳取るたんびに原点回帰してく。ハイロウズよりも好きだもん、クロマニヨンズ

◆―― そういえば今日のマームの稽古も、もうなんか、バンドみたいな感じもしましたね。

TK それは思ってますね。今回の3連作も、例えば実子(召田実子)とあっちゃん(成田亜佑美)が一回7月で抜けた後に、8月に聡子(吉田聡子)と青柳(青柳いづみ)とかが入ってきたら、ギターでいうピックアップが変わるんです。つまりマームとジプシーとして出せる音の違うギターが現れる。そこが面白い。

◆―― あれ、なんか実ちゃんがマフラーに埋まってる感じですけど。首ありますか?(笑)

Pj  フフフ(笑)
TK だけど話を戻すと、こないだディズニーの「イッツ・ア・スモールワールド」とか聴いてたら気持ち悪くなっちゃって、なんだろう、小さな世界って発想はないなあと思って。世界は狭いってやっぱ思えないんだよね。世界がもしも100人の村だったら……みたいなのも、ああいう統計的なことは信じられなくてさ。規模を縮小して考えたら分かりやすいんだけど、そうしちゃったら怖いことってありますよね。

◆―― 物量が消えちゃうから。

TK そう。と同時に、個々が持っているアイデンティティとかナイーブさとかデリケートさを排すから。そういう捉え方は危険だなって思うし、ぞっとしたりもする。もちろん集約したい気持ちがあるから、言葉って生まれるとは思います。言葉で一致団結する部分もある。だけどその凝縮の仕方があまりに野蛮だなって思うこともありますよ。でもね、「午後2時」っていうのは時差があるにしても広く存在するわけだし、お腹が空くってことも結構みんなそうだし。
Pj  「結構みんなそう」くらいがいいよね。
TK ……その曖昧さがいいなって思うかな。
Pj  んじゃ、そろそろ終電なので帰りまふ。

◆―― じゃあ人生相談コーナーの件、考えておいてください。

Pj  はい、未来ある日本のために。フフフ。





(収録:2011年5月5日、荻窪にて)
舞台写真撮影:飯田浩一/提供:マームとジプシー 禁無断転載


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